CRISPR-Cas系は原核生物がもつ獲得免疫機構として知られています。CRISPR-Cas系では、Casタンパク質とcrRNAが結合してエフェクターを形成し、このエフェクターがcrRNAのガイド配列と相同なウイルスDNAを切断することによって、ウイルスの感染や増殖を抑制します。エフェクターが標的DNAを切断する際、標的に隣接するPAM (Protospacer adjacent motif) 配列を特異的に認識して切断すべき配列、つまり、自己と非自己を正確に選別します。エフェクターが配列特異的にDNAを切断する特徴を利用して、画期的なゲノム編集技術が生まれました。特に、ヒトゲノムの編集は遺伝子疾患の治療に有効であり、社会的ニーズが極めて大きな技術となっています。さらに、CRISPR-Cas系は遺伝子の発現調節や核酸検出などにも利用され、幅広い分野で活用されています。
エフェクターは、複数のCasタンパク質とcrRNAからなるクラス1と、一つのCasタンパク質とcrRNAからなるクラス2に大別されており、ゲノム編集の中核を担っているのはクラス2のCRISPR-Casエフェクターです。現在、ヒト細胞にcas遺伝子を導入する際、アデノ随伴ウイルス (AAV) ベクターがよく利用されています。しかし、AAVベクターに搭載可能なDNAサイズには制限があり、4.7 kbが限界です。一方、ゲノム編集で利用されるCasタンパク質は1,000~1,500アミノ酸残基もあり、cas遺伝子だけで3~4.5 kbに達してしまいます。そのため、DNAの挿入や塩基置換を目的としたゲノム編集は困難であり、これが現在のゲノム編集に制限を与えています。この打開策として、小型Casタンパク質の発見や開発が求められています。また、AAVベクターを利用する場合、長期にわたりcas遺伝子の発現が継続することから、オフターゲットによる変異誘発のリスクが懸念されており、エフェクターを細胞内で制御する新たな技術開発のニーズも高まっています。当研究室では、新規なCasタンパク質の発見とその機能構造解析を実施するとともに、立体構造に基づいて機能改変を試み、ゲノム編集に有益なエフェクターの創製を目指しています。
クラス2のエフェクターがゲノム編集で多用されているのに対し、クラス1を利用したゲノム操作の報告例はほとんどありません。したがって、クラス1の有効利用は、ゲノム操作の新境地を開拓するための革新的な技術シーズになる可能性があります。また、クラス1のエフェクターは標的DNAを切断する以外の役割も持っています。例えば、クラス1のIII型に分類されるエフェクターは、転写伸長中のRNAと結合して転写バブルにリクルートされ、転写段階におけるウイルスDNAを切断するとともに環状オリゴアデニル酸を合成することが知られています。環状オリゴアデニル酸はセカンドメッセンジャーとして機能し、普段は不活性な状態で存在するヌクレアーゼに結合してそれを活性化します。その結果、活性化されたヌクレアーゼがウイルス核酸を分解し、ウイルスの増殖を抑制します。一方、この活性化型ヌクレアーゼは非特異的に核酸を分解し、ウイルス核酸だけでなく宿主自身の核酸も分解してしまい、宿主細胞に対して毒性を発揮します。そのため、宿主細胞は休眠化あるいは細胞死に至ることが知られています。このヌクレアーゼは、CRISPR-Cas系に付随したアクセサリータンパク質とよばれるものであり、CRISPR-Cas系とともに進化してきたと考えられています。また、近年では、cas遺伝子座の近傍に転写調節因子や膜タンパク質の遺伝子も保存されていることが判明し、これらがアクセサリータンパク質として機能することが推定されています。しかしながら、それらの役割は不明な点が多く、機能と作用機序の解明が今後の課題となっています。当研究室では、クラス1のCRISPR-Cas系にも焦点を当て、その生物学的な役割を解明するとともに、それらを利用した遺伝子工学、ゲノム工学への展開を目指しています。
細菌はmRNAの5′非翻訳領域にリボスイッチと呼ばれる特殊な立体構造を形成するRNA領域を有しています。リボスイッチには様々な種類があり、それぞれに対応する特定の天然リガンド(アミノ酸、補酵素、核酸とその誘導体、イオンなど)と特異的に結合して、リボスイッチの下流にある遺伝子の発現を調節することが知られています。リボスイッチの下流には、そのリボスイッチに結合するリガンドの生合成や輸送に関わるタンパク質の遺伝子がコードされており、細胞内のリガンド濃度に依存して下流遺伝子の発現を転写もしくは翻訳レベルで調節します。転写レベル、つまり、mRNAの発現を調節するリボスイッチは転写調節型リボスイッチであり、翻訳レベル、つまり、タンパク質の合成を調節するリボスイッチは翻訳調節型リボスイッチと呼ばれています。細菌では、約4%の遺伝子の発現がリボスイッチにより調節されていると見積もられています。
リボスイッチは、二つの機能ドメインから構成されています。一つはリガンドと特異的に結合するアプタマードメイン、もう一つはリガンドの結合を感知して下流遺伝子の発現を調節する発現プラットフォームです。リガンドがアプタマードメインに結合するとリボスイッチの立体構造が変化し、この構造変化を利用して、リボスイッチがリガンド濃度依存的に下流遺伝子の発現を調節します。
翻訳調節型リボスイッチには、発現プラットフォーム内にリボソーム結合部位であるシャイン・ダルガーノ(SD)配列が存在します。リガンドがアプタマードメインに結合すると、SD配列を含む発現プラットフォームの構造が変化し、リボソームとの相互作用に影響を与えてタンパク質の合成を調節します。一方、転写調節型リボスイッチは、発現プラットフォームの中に内在性転写終結配列が存在し、リガンドの有無によりターミネータもしくはアンチターミネータと呼ばれるRNAの二次構造を形成して下流遺伝子の発現を調節しています。
当研究室では、リボスイッチによる遺伝子の発現調節機構を調べるとともに、リボスイッチを標的とした新規な抗生物質の開発も目指しています。リボスイッチは主に細菌だけがもつ非コードRNAであり、ヒトをはじめとした哺乳類には存在しません。また、リボスイッチは核酸や補酵素といった生命活動に不可欠な化合物の生合成などを調節しています。したがって、リボスイッチを標的とした合成化合物は、生命の営みに重要なこれら化合物の生合成遺伝子の発現を抑え、病原細菌の増殖を抑制すると考えられ、新たな創薬モダリティーの開発に結び付くことが期待できます。
トキシン-アンチトキシンシステム(TAシステム)は、原核生物において普遍的に存在し、細胞が様々なストレスに曝された際に、種を維持する上で重要な役割を担っていると考えられています。TAシステムは、トキシン(毒素)とアンチトキシン(抗毒素)から構成されており、定常状態ではアンチトキシンによってトキシンの毒素としての機能が中和され、細胞の生育には影響しません。しかし、ひとたび細胞が飢餓ストレスやウイルスの感染、また、抗生物質への暴露など様々なストレスに曝されるとトキシンの機能が優勢となります。その結果、トキシンの毒性によって細胞の生育停止や細胞死を引き起こすことが知られています。この毒性は一見すると細胞にとって有害無益であるように思われます。しかし、生育に不利な各種ストレス条件下において原核生物が休眠状態をとることや、ウイルスに感染した細胞が自殺して周囲の細胞へのウイルスの伝播を抑制するといった役割があり、種を安定的に維持することを目的とした原核生物の生存戦略であると考えられています。
現在、TAシステムは構成因子や作用機序の違いから、八つの型(I型〜VIII型)に分類されています。II型TAシステムはタンパク質性のトキシンとアンチトキシンから成り、それらをコードする遺伝子はオペロンを形成しています。定常状態では、トキシンとアンチトキシンがタンパク質複合体を形成し、毒素の作用が中和されています。一方、ストレス条件下では、不安定なアンチトキシンがプロテアーゼによって選択的に分解され、毒素活性をもったトキシンが遊離します。その結果、遊離したトキシンがDNA複製、タンパク質合成、細胞壁生合成、ATP合成など細胞の生育に重要な反応を阻害し、細胞の成長停止や細胞死を引き起こすことが知られています。染色体にコードされたTAシステムは、代謝ストレス応答エレメントとして機能することが提唱されていますが、その生物学的な機能はあまり理解されていません。当研究室では、TAシステムの作用機序と発現調節機構を解明するとともに、原核生物がもつ他の生体防御システムとのクロストークの理解を目指した研究を実施しています。
1970年代に制限酵素が初めて単離されて以降、数々の制限酵素が細菌から発見され、『組換えDNA技術』の発展に大きく寄与してきました。また、同時期に発見されたThermus aquaticus由来の耐熱性DNAポリメラーゼが『PCR技術』の確立に大きく貢献しています。組換えDNA技術とPCR技術の確立によって、生命科学研究は加速度的に発展しました。最近では、原核生物の獲得免疫として知られるCRISPR-Cas系が、生物の設計図であるゲノムを書き換えるという『ゲノム編集技術』に活用されています。以上の三つの技術は、生命科学研究に革命を起こし基礎科学分野において多大な知見の蓄積に貢献すると同時に、産業・医療分野の発展において不可欠な技術としての地位を築いています。ここで興味深いことは、人類史上極めて画期的なこれら三つの技術が原核生物とそれに感染するウイルスの研究に端を発しているということです。
地球上には膨大な種類の原核生物とそれに感染するウイルスが存在します。しかし、これらの多くは単離・培養が困難であり、ゲノムが解読された原核生物やウイルスはごく一部にしか過ぎません。つまり、大部分の原核生物とウイルスのゲノム情報が見過ごされています。それらの中には、まだ見ぬ機能をもった遺伝子があると期待でき『宝の山』と言っても過言ではないでしょう。近年、次世代シーケンシング(NGS)技術の発展により、原核生物やウイルスを単離することなく、環境サンプルからDNA配列を解析することが容易になりつつあります。したがって、環境メタゲノムを高精度で分析し、新規な有用遺伝子を探索する重要性が増しています。
当研究室では、海水、湖沼水、温泉水から調製した独自の環境DNAを解析し、新規な有用遺伝子の探索を目指しています。これまでに、独自のメタゲノムからCRISPR-Cas系遺伝子を多数同定し、その機能構造解析を実施してきました。引き続き、独自の環境DNAから新規な有用遺伝子を探索するとともに、それらを社会実装するための研究を実施していきます。
試験管内で遺伝子を切ったり貼ったりする遺伝子工学にはDNAに作用する酵素が欠かせません。これらの酵素、すなわちDNAに対するはさみの働きをする制限酵素や、糊の働きをするDNAリガーゼなどは特に有名です。このようなDNAに作用する酵素は、DNAの複製、修復、組換えに関する研究から見つかってきたもので、それらを人類が都合の良いように応用してきました。当研究室では、アーキアの複製、修復、組換えに関する研究、特に100℃の高温で機嫌良く生きている超好熱性アーキアの研究から得られる情報を用いて、有用遺伝子工学酵素、技術開発を行っています。
また生物は、遺伝情報を担うDNAに傷が入った場合に、素早く修復する能力を有しています。特に超好熱菌のように高温環境下で生息する生物は、DNAに損傷を受け易いので、特に優れた特殊なDNA修復機能を有しているのではないかと考えられています。当研究室では、超好熱性アーキアのDNA修復機構を研究することによって、その謎を解き明かしたいと考えています。さらに、その過程で次々と発見されるDNA損傷関連酵素の特徴を解析し、それらを用いて新たな遺伝子工学技術開発に繋げています。